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「結果を見るのではなくやり方を学ぶ」
わからないことを流すクセをつけたら、
そこで進歩は止まる

#04 大隅 尊史

2008年 日本大学生物資源科学部獣医学科卒業
2008年 東京大学附属動物医療センター 内科系研修医
2010年 ピジョン動物愛護病院勤務
2012年 東京農工大学動物医療センター 皮膚科単科研修医兼任
2013年 ウィスコンシン大学動物医療センター皮膚科 visiting resident
2014年 東京農工大学動物医療センター 皮膚科レジデント (アジア獣医皮膚科専門医協会レジデント課程)
2017年 アジア獣医皮膚科専門医協会レジデント課程修了
岐阜大学連合獣医学研究科博士課程入学
東京農工大学動物医療センター 皮膚科シニアレジデント
株式会社VDT非常勤皮膚科医
※肩書きなどは、インタビュー実施当時(2017年10月)のものです。

凄い世界をみせてくれる出会いを“面白い”と感じた

-大隅先生が皮膚科でキャリアを積もうと思われたきっかけはなんだったのでしょうか。

大隅先生:

大学2年生の頃、ふとしたきっかけから都内の動物病院にて1ヵ月間研修をする機会がありました。その中でも記憶に残っているのが、重い皮膚疾患のために1カ月以上入院し、退院できないまま私の研修が終わってしまったラブラドール・レトリーバーの症例です。入院までしているのに皮膚疾患が治らないことにショックを受け、「治してあげたい」と強く思ったことが、皮膚科におけるキャリアのはじまりでした。

皮膚科は、診断をつけることがとても難しい分野です。X線検査で明確にわかる骨折や、検査数値だけで診断できる疾患ではありません。いろいろな要因を総合的に判断し、評価していくのが皮膚科という学問だと思います。私は、それがクイズやパズルを解いているような感覚に似ていると感じています。元々、私はロジックで物事を考えるのが好きで、問題をひとつずつ解いていくと全部クリアになる、みたいなことに楽しみを覚える性格です。そういった性格も相まって、学生のうちから皮膚科診療にチャレンジしてみたいと思っていました。

ただ、日本大学に通っていたときは、授業に少し物足りなさを感じ、真面目に授業を受けるタイプではありませんでしたね(笑)。ゼミに入って、そこで長谷川篤彦先生の指導を受けたことで、初めて「本気を出さないとヤバい」とスイッチが入りました。長谷川先生はロジックで物事を考える方で、知識もとても豊富です。指摘する点も的を射ています。圧倒的な存在で「この先生には敵わない」と思いながらも、「こんな考え方をすれば、今とは違う世界がみられるのか」と興奮したのを覚えています。

また、長谷川先生の勧めで卒業後に進んだ東京大学の内科で、先生方が容赦なきディスカッションを繰り広げていたことにも刺激を受けました。「学問の場では立場の上下がない」という、フラットな世界で育つことができたのは、私の強みになっていると思います。

-その後、一次診療そして二次診療の場に移られた理由は?

大隅先生:

東京大学では、皮膚疾患の研究だけではなく一般診療も担当し、他科も一通り診ることができるようになりました。これも私の強みだと思います。というのも、皮膚疾患には内分泌疾患などの病気が関係することも多く、また外傷や腫瘍も関連することがあるため、“皮膚疾患を判断するベースとしての基礎知識”が身についたことで、皮膚疾患と他の病気との関連性がわかるようになり、一緒に治療もできるという自信もつきました。

しかし、約5年間務めた一次診療での皮膚疾患治療で、一定の結果を出せるようになったことで、「自分は皮膚科を全部診ることができる」と過信しはじめた時期もありました。ですが、さらに上を目指すため、アジア獣医皮膚科専門医のレジデントとして東京農工大学に籍を置いてから、「自分の知識なんてまだまだだ」と気づかされました。「私がわかっていることは、たったこれっぽっちしかない」、と。

入りたての頃は、指導医である西藤公司先生の方針にモヤモヤすることもありました。しかし、西藤先生の下で働きながら勉強していると、西藤先生は私がこれまでよしとしていたほんのわずかな可能性すらも考慮し、的確にポイントをつく診療をされていたことがわかるようになりました。西藤先生に目を開かされ、さらに自分の世界が広がったのだと思います。おそらく、この世界を突き詰めていくことが「世界水準の皮膚科医」へと続いていくのだと思います。
これは媚びているのではなく、指導者との出会いが自分を成長させてくれているという思いです。

獣医皮膚科の未来は?

―大隅先生からみて、日本の獣医皮膚科はどのようになっていくとお考えですか。

大隅先生:

皮膚科医の世界という観点でいうと、私達の恩師にあたる先生方の世代がアジア初の専門医制度をつくり、私達の世代がそれを活用しはじめています。ここにさらに若手の先生方も参画し、エネルギーを注いで活発に活動しはじめているので、世界に向けての情報発信が、今後はますます活性化していくと思われます。現在はまだ世界を引っ張っていく存在ではありませんが、あと10年もすれば、私達の世代の日本の皮膚科医が、ガンガン世界で活躍できるようになると思います。

次に一次診療と皮膚科の関係を考えた場合、動物病院経営における皮膚科の重要性についてお話したいと思います。アニコムの統計によると、動物病院にくる初診患者の24%は皮膚の病気です。それに耳疾患(17.4%)もあわせると41.4%。つまり、来院理由の多くが皮膚科疾患であり、延べ数にすれば、患者の約6割は皮膚病で来院すると考えられます。

私はセミナーでもよくお伝えしますが、このような多くの機会(疾患)に、適切かつ丁寧に対応できる病院の信頼は徐々に厚くなっていきます。そうすることで、安易な転院を少なくすることにつながり、その他の病気でも続けて来院してもらえるようになり、結果的に病院自体の経営が安定していくと考えています。
これは院長でなくとも、丁寧に診ることができるスタッフ、ケアができるスタッフを育てることでも達成でき、皮膚科の需要は今後も増えていくと考えています。

-現状の教育および皮膚科診療では、アジアと日本に違いを感じますが。

大隅先生:

例えば、タイの教育は日本をすぐに追い越すと思いますし、へたすると、もう越しているかもしれません。学生が本気になるような教育がしっかり行われている印象ですし彼らは英語で授業を受けていますから、すぐに世界の場へと出ていくことができます。

言葉の壁や独特の内気さという障害があるため、日本は専門医制度の確立だけに胡座をかいていることはできないと思います。“他のアジアの教育レベルは下”ということはありません。日本は少しなぁなぁにやっているきらいがあり、一方、アジアの国々は本気度が違うように思います。

私がアジアでレクチャーを行う際にも、どんどん専門性を出していかないと“つまらない”と思われる、そういうレベルになってきています。むしろ、日本の獣医学に危機感を覚えています。



わからないことを流すクセをつけたら、そこで進歩は止まる

-若手の先生や学生にアドバイスはありますか?

大隅先生:

「治せない」「どうなるかわからない」「飼い主に不安な思いをさせる」といった要素は、臨床獣医師が落ち込む原因になります。逆に、それらを解消できるスキルを磨くことは、獣医師にとってのやり甲斐につながるのだと思います。

私は、研修医の頃からの習慣で一次診療時代もずっと、その日の診療で「もう少しなんとかできなかったか? 時間がなくてとりあえず先輩に聞いて方針を決めたけど、本当にそれがベストなのか?」と感じた場合、どんなに疲れていても、関連する雑誌や成書を読み比べ、時には同僚や先輩、専門家と相談し、必ず次回の診療やインフォームドへと活かせるよう、カルテに今後の方針をまとめるようにしてきました。明日にまわすと結局やらないんです。わからないことを流すクセをつけたら、そこで進歩は止まります。動物の状況をできるだけ正確に把握し飼い主に説明することは、臨床獣医師にとって手を抜いてはいけないプロの仕事だと思っています。

また、学生の方には「あなたは偉い先生の手伝いのため、学校に行っているわけではない。自分で考え、答えを出す方法を身につけるための勉強をするんだ」ということを伝えたいです。トップダウンの指示で、何もわからないまま動いていても意味がありません。私は学生時代から、先生の話を聞いていても「本当にそれが答えなのか?」という気持ちをずっと持っていました。また、わからないことをそのままにすることは、一番やってはいけないことです。疑問点があれば、臆せずその場で聞いて解決してください。質問を怖がらず、質問できない自分を怖がってください。そして、“結果を見るのではなくやり方を学ぶ”ことを、いつも大事にして欲しいです。

“大隅尊史”を創る、書籍とは……

「「明日の獣医療を創る」インタビューシリーズにて、大隅尊史先生よりお勧めいただいた書籍をご紹介します。

Small Animal Dermatology 47号(2017/9月号)
飲み薬の㊙ハンドリング術 / 結果を出す外用薬の使い方

●皮膚科の処方ノート 第13回CADの治療⑥
その他補助療法 / 大隅尊史
臨床獣医師のための小動物皮膚科専門誌 隔月刊(奇数月発行) A4判 96頁

大隅尊史先生のお勧めコメント

言わずもがな、ここに皮膚科の情報が集約していると思いますので、皮膚科を勉強したい人は読むべきです。学生時代から読んでいます。地味なテーマにも意外とおもしろいヒントが転がっているので、宝探しだと考えると面白いです。
<どのような観点で執筆をされたかなどをご教示ください。>
私は一次診療上がりですので、一次臨床の頃、病院で読んだ雑誌や参加したセミナーの印象をよく覚えています。「目の前の症例を治すためにはこういうところ知りたいんだよな~」と思っていた昔の自分や同僚に喜んで貰えるよう、意識してポイントやコツを紹介しているつもりです。

SA Medicine '17/10月号(No.111)
一目でわかる症候シリーズVol.17 眼の異常

小動物内科専門誌 隔月刊(偶数月発行) A4判 96頁

大隅尊史先生のお勧めコメント

学生時代から様々な疾患のロジックを勉強させてもらいました。CLINIC NOTEやJ-VETも同列だと思っていますので、病院にせめて2シリーズくらいあると充実しますよね。

小動物臨床のための5分間コンサルト【第3版】犬と猫の診断・治療ガイド

編:Larry P.Tilley,Francis W.K.Smith,jr 監修:長谷川篤彦
A4判 1680頁

大隅尊史先生のお勧めコメント

学生時代、長谷川先生にこんなの5分間じゃ読めないですよ!と言ったら、本物になれば5分間で読めるようになると言われたのを覚えています。一次診療では、とにかく何かの症状や所見をみたら、この本を引っ張り出して、自分が知らないことはないか確認してからインフォームに向かっていました。

プレミアムサージャン 全4巻セット

A4判 上製本 全4巻セット(第1巻~第4巻)

大隅尊史先生のお勧めコメント

先輩の助けがあると思わず、オペ前には複数の状況に応じた術式を何度も読み返してイメージトレーニングしました。

SA Medicine BOOKS
犬と猫の治療ガイド2015 私はこうしている

編集:辻本元、小山秀一、大草潔、兼島孝
A4判 上製本 1,160頁

大隅尊史先生のお勧めコメント

多くの疾患がまとまっており重宝します。ただし、この1冊だけですべてを知ったと思わず、本書を”入口”として最低2~3の資料(主に雑誌の特集)を使い、背景にある情報を確認する癖をつけると、本書の力が最大限発揮されると思います。