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小さなことでもいい、
自分の中の一線を飛び越えようと
日々努力してほしい

#06城下 幸仁

1993年 東京農工大学農学部獣医学科卒業
相模が丘動物病院にて一般診療を始める
1994年 東京農工大学家畜外科学研究室研究生
2000年 岐阜大学大学院連合獣医学研究科博士課程修了
(獣医学博士)
2011年相模が丘動物病院を呼吸器専科診療にした
2012年 麻布大学獣医学部内科学第二研究室共同研究員

呼吸困難の動物を救いたい

城下先生が獣医療の中でも呼吸器を専門にされるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

城下先生:

大学卒業後すぐに父が経営していた動物病院に入り、そこで多く遭遇したのが呼吸困難の動物でした。24時間診療制だったこともあり、救急としての来院が多かったです。当時、なかなか対応できない症例ばかりで「呼吸器について知っておかないと仕事にならないな」と思うようになったのがきっかけです。

そこで呼吸器の勉強を始めたのですが、獣医療ではまだ呼吸器という分野の体系が整っておらず、ヒト医療の本なども読んでみると、呼吸器を診断するツールとして必ず血液ガスが出てくることに気づきました。その頃、仕事をしながら母校である東京農工大学の家畜外科学研究室の研究生として籍を置いていた私は、山根義久先生の勧めもあって血液ガスの研究をするようになり、やがて岐阜大学の大学院連合獣医学研究科で博士課程の学位を取得しました。

この博士課程の4年間で、心血を注いで血液ガスを使った呼吸器診断の体系化を進め、その後、現場の診断にも治療にも役立つ気管支鏡について勉強を始めました。

血液ガスと気管支鏡、この二つが揃えば、これまで獣医師の感覚に頼っていた呼吸器の診断・治療は飛躍的にステップアップできるからです。

しかし、ヒトの学会に足を運んだりして勉強を進めれば進めるほど、「これは日常の診療の片手間にやっていてはダメだ。呼吸器に専念しないと」と思うようになりました。そして「獣医療における呼吸器学」は20年後30年後に絶対に必要になる分野だ、という信念とビジョンもありました。そこで、この新たな道を作り上げるために、ほかのことはすべて捨ててこの道に専念しよう、と決断したのです。



折れず、妥協せずにビジョンを追い求める

随分と思い切った決断のように思います。順調にキャリアを積めてこられたのでしょうか?

城下先生:

当時専門分野として成り立ちつつあった分野はあります。皮膚科や眼科、そして循環器でしょうか。しかし呼吸器という限られた分野の専門病院が診療として成り立つはずがない、と周囲からは見られていたと思います。

当時15名ほどいた病院のスタッフにも「この病院は今後一般診療を一切やめて、呼吸器専門でいく。残る人はいるか?」と聞いたら、誰もいなかった。みんな辞めていきました。仕方がないから自分と動物看護師である妻、新たに雇ったスタッフの3人だけで呼吸器専門の病院をスタートさせました。今から6年前のことです。

もちろん、マネジメント的にも苦しかったですよ。でも、「信念とビジョンを成就したい」という思いだけで、折れずに、妥協せずに一例一例丁寧に診ることのみに専念しました。

そのうちに、私が以前呼吸器の勉強会を開いたときに集まってくれた近所の獣医師たちから、困った症例の相談や重症の症例を紹介いただき、専門病院としての実績を積み上げていくことができました。それに連れて、呼吸器専門診療がだんだんと周知されていったのだと思います。



治療の再現性を大事にし、呼吸器診療の系統化を図る

呼吸器診療のパイオニアとして、この分野を発展させていくビジョンはありますか?

城下先生:

呼吸器を専門に診療して、貢献する人材がもっと増えてほしいと思っています。
この分野はまだ専門医が少ないですが、地域ごとに人材は必要です。

独立してこの分野をやってみたいという人も出てきたので、私は「SAMedicine 呼吸器塾」*1という勉強会を開催しました。これは呼吸器の基礎を体系的に学べる勉強会で、若い先生方が対象です。何かを極めるには積み上げたものを捨てる覚悟が必要なので、捨てるものがない、むしろプラスしかない若い方に限らせていただきました。マネジメントやキャリアを考えざるを得ないベテランの先生方に、私のように「すべてを捨て切ってください」というのは酷と思いましたから(笑)。

またこの呼吸器塾や他セミナー、学会の講演でも私は「症状を診ることから学問が始まる」というメッセージを伝えています。日々の経験が獣医学に結びつくことを実感して、今やっていることは学問として有意義なのだと知ってもらいたいのです。これは、呼吸器は理解し難いと考えられていることにも起因しますが、参加だけでなく発表もさせてもらったヒト医療の学会で徹底されている“科学的な態度”を伝えたい思いからです。

ヒトの医療ではとことん理論を突き詰め、データと業績を積み上げて、エビデンスを作りその中で解決を図っています。つまり、嘘や決めつけや妥協がない。科学的な態度を獣医療で当たり前のように行い、症状の観察から呼吸器診療を始め、系統的に診療を進めることを習慣化してほしいと考えています。

そして専門医はいわば「職人」です。与えられたことを当たり前のようにきちんとこなして正確に結果を出すということが求められます。それには、頭だけでなく呼吸器疾患の動物と毎日実際に向き合って挑む経験が不可欠です。人材の育成と体系の構築のため、私はいつか自分の病院を呼吸器科の研修施設にしたいという夢も持っているんですよ。



城下先生は、ヒト医学の先生とも随分交流がありそうですね。

城下先生:

そうですね。ヒトの学会での私の発表を聴講いただいた先生から、そしてその横のつながりから私の病院に相談に来ることも多いですよ。“ウチのナースの犬の状態が、以前先生が発表していた症例に近いと思うのだが”とか(笑)
そして、彼らは非常に貪欲です。常に自身の診療に対する疑問を解決する糸口を探している。比較解剖学の観点からは、他の動物と比べヒトはものすごく特殊です。
言い換えると、ヒト医学の先生は特殊な動物しか診ていない。だから、(ヒト以外の)動物は進化の過程で色々な選択をされて、結果得られた色々な状況に耐えうる構造はどうなっているのか?といったことにも非常に興味を持ちます。行き詰った問題に対して、ブレイクスルーをするヒントをどんなことからでも得たいと考えているのですね。
異分野といえども、こちらが真剣に取り組んでいることを話すと、ヒトの学会はそれをきちんと真剣に聞くし、快く受け入れますね。



最後に、若手獣医師たちにメッセージをお願いします。

城下先生:

簡単に言うと、「きちんと診療しなさい」「腕を磨きなさい」の二つです。
「きちんと診療する」とは、治療の再現性を大事にし、こうやればこうなると系統立てて考え、作業していくことを怠らないでほしいという意味です。その場限りで治ればいい、では後に何も残りませんし、できる検査を積み上げていかないと、その診断や治療が正しいかどうかはわからないんです。学問として考えないと、後に続かない。検証ができない。次に同じような症例が来た時に対応できないからです。

「腕を磨く」とは、対応が難しいと思ったところで立ち止まらず、もう一歩踏み出してほしいという意味です。その積み重ねがないと、決して腕は上がらない。でもそれは、無謀とは違います。獣医師は絶対に負け戦をしてはいけない。必ず勝ち戦をしないといけないのですが、自分は勝てるという勝算を持ったら、勇気を持って果敢に取り組めということです。このときに「勝てる」と思えるかどうかは、日々の努力や集めた情報等、自分の中に積み重ねたものでしか判断できません。

だからこそ、小さなことでもいい、自分の中の一線を飛び越えようと日々努力してほしい。口先でやった気にならず、手で治す、つまり動物に手をかけて問題を解決する獣医師になってほしいですね。

*¹ SA Medicine 連載「犬・猫の呼吸器を診る」をテキストとした少人数制の勉強会。城下先生が講師を務め、全18回、3年にもおよび、呼吸器の基礎を習得することを目的に開催している。

“城下幸仁”を創る、書籍とは……

「明日の獣医療を創る」インタビューシリーズにて、城下幸仁先生よりお勧めいただいた書籍をご紹介します。

SA Medicine 112号(2017/12月号)
一目でわかる症候シリーズVol.18 下痢①

犬・猫の呼吸器を診る④/城下幸仁
小動物内科専門誌 隔月刊(偶数月発行)A4判 96頁

城下幸仁先生のお勧めコメント

日々遭遇しうる様々な動物の疾患に対し、各分野の専門家が毎回自らの生きた言葉で最新の情報を解説しており、日々の臨床にすぐに役立つ情報満載です。私も今連載執筆中です。第一線で活躍されている先生方の記事も魅力的で、毎号手元に届くのを楽しみにしています。

CLINIC NOTE 150号(2018/1月号)
臨床麻酔のベストプラクティス:前編

獣医学の“標準診療”を学ぶ総合情報誌
(毎月1日発行)A4判

城下幸仁先生のお勧めコメント

固くなりがちな臨床獣医学を、できるだけかみ砕いて語りかけ口調で優しく記述されています。新人獣医師や今の時代について行くのが正直しんどい世代の先生方でも、抵抗なく最新の情報を入手できます。私は、2009年からネブライザー療法や呼吸疾患の総論などを執筆させていただきました。今でも当時の原稿についての問い合わせがあり、幅広く多くの臨床獣医師に親しまれています。総合情報誌として何か欲しいというなら迷わずおすすめです。

犬と猫の超音波診断学【第2版】

著者:Thomas G. Nyland (DVM),John S. Mattoon (DVM)
監訳:廣瀬昶・小山秀一
A4判 約460頁 カラー18頁

城下幸仁先生のお勧めコメント

腹部超音波診断は獣医療全体の中核となると思います。私は、呼吸器専門診療を選びましたが、超音波検査の基礎や、検査方法や解釈などを、翻訳本らしからぬとても読みやすい日本語で記述されており、今でもとても重宝している必携の書です。

城下幸仁先生のお勧めコメント

主に循環器外科が中心となっておりますが、展示の立ち読みでPosner先生や望月先生の気管切開術の原稿に目が釘付けになりました。この部分だけでも、ぜひ熟読をお勧めします。

城下幸仁先生のお勧めコメント

臨床獣医学において初めて呼吸器の基礎から臨床までを網羅した専門書です。2004年に発行されましたが、未だに2nd edは発行されていません。欧米の各方面の研究者の詳細な研究データからさまざまなエビデンスが提示され、また豊富な臨床例の総括も同時に行われております。獣医呼吸器病学の指針となる良著です。翻訳本は、残念ながら絶版となりましたが、原本はまだ購入可能です。

Evans, Millers Anatomy of the Dog, 3rd ed.

Howard E. Evans PhD (著)
Alexander de Lahunta (著)
Alexander de Lahunta DVM PhD (著)

城下幸仁先生のお勧めコメント

犬の解剖の教科書の元祖です。解剖の基準となる書です。

West, Respiratory Physiology: The essentials, 8 th ed.

John B. West(著)
桑平 一郎(訳)

West, Pulmonary Phathophysiology: The essentials, 7th ed.

John B. West(著)
堀江 孝至(訳)

城下幸仁先生のお勧めコメント

ともに人の呼吸生理学の教科書です。あまりに名著なので毎年のように改定されていますが、最新のものを一冊置いておくとよいと思います。

ハイツマン肺の診断 X線所見と病理所見の相関

E.ロバート・ハイツマン (著)
ステュアート・A.グロスキン (著)

城下幸仁先生のお勧めコメント

原本は、Groskin, Heitman’s The lung. Ragiologic-pathologic correlations, 3rd ed
これも人の肺疾患のあまりに有名なバイブルと言われる書です。画像診断、解剖、病理が一体となり、解説されています。単純胸部X線検査の奥深さを実感してください。