Open Nav

これからの一次診療の価値観は「自分でできるかどうか」よりも
「診断を見極め、できる病院に適切に紹介できるかどうか」が
重要視されるようになる

#09 細谷 謙次

経歴
2003年 北海道大学研修医
2004年 オハイオ州立大学放射線腫瘍科レジデント
2007年 オハイオ州立大学腫瘍血液内科レジデント
2009年 北海道大学獣医外科学教室助教 兼 日本獣医麻酔外科学会小動物外科レジデント
2013年 北海道大学獣医外科学教室准教授
現在に至る

総合的診断から関わる面白さ

― 細谷先生が腫瘍科を専門にされたのはどのような理由からですか?

細谷先生:

北海道大学に在籍のころは外科をやりたいと思っていました。そこで廉澤剛先生に師事していたのですが、廉澤先生の診療は腫瘍が絡む症例が多いので(笑)、自然と腫瘍に興味が出た、というのが始まりです。

当時、腫瘍の治療は外科的な処置が多かったのですが、放射線治療と組み合わせないと効果が上がらない症例もたくさんあったことから、放射線治療を本格的に学びたくなり渡米、オハイオ州立大学に在籍することになりました。 オハイオ州立大学では放射線腫瘍科のレジデントになったのですが、腫瘍科の先生と話をする機会も多く、やがて腫瘍血液内科のレジデントも掛け持ちすることになりました。

そこでの診療では、当時日本ではあまり馴染みのない抗がん薬を使う症例もたくさんあり、かなり戸惑った記憶があります。またこの症例は外科治療でいくのか、放射線も併用するのか、抗がん薬を使って腫瘍を小さくしてから手術すべきかといった判断も必要にもなりました。当時はわからなかったことも多く、必死になって先輩レジデントを質問攻めにもしました(笑)すると、どんどん面白くなってきました。というのも、予め診断がついた腫瘍疾患に対応するだけでなく、総合的な診断から治療に関わることができたからです。

当時の指導医であったGuillermo Couto先生は内科と腫瘍内科の専門医で、腫瘍だけでなく体全体を診る内科学を大切にする人でした。また、Cheryl London先生は免疫学や分子標的療法の第一人者であり、外科出身の私には足りない視点が新鮮であったとともに、「やばい!もっと内科を勉強しないといけない!」とCouto先生の著書であるSmall Animal Internal Medicineをそれこそ表紙から最後の裏表紙まで何度も読み込みました(笑)

―Small Animal Internal Medicineはとてもわかりやすく、日本語版もベストセラーとして人気の書籍です

細谷先生:

アメリカの獣医学本は、非常に硬いというか文字通り“教科書”ですよね。写真や図版は極めて少なく、文字ばかりのものが多いです。それこそ論文にも引用ができそうなくらい細部も正確に執筆されている印象です。

一方Small Animal Internal Medicineは、“わかりやすく、獣医内科学の考え方を学べる”読み物として読むことができます。Couto先生はユーモアが溢れている方ですので、その性格がそのまま反映されている書籍ですね。入門書としては最適だと思います。ここで知識を蓄えて、とっつきにくいより詳しい書籍へとレベルアップしていくのが良いでしょう。

獣医臨床腫瘍学のゆくえ

―雑誌「VETERINARY ONCOLOGY」では、日本オリジナルの情報提供にこだわっていきます。
ここには、細谷先生をはじめとした国内のスペシャリストにご協力をいただいていますが、細谷先生は日本の獣医腫瘍臨床はこれからどう発展していくとお考えですか?

細谷先生:

どっちが良い/悪いとの判断ではなく、単純な現状の比較論として捉えていただきたいですが、まずは飼い主の観点からは、日本では「何でも診てくれるのが良いホームドクター」との認識があると思います。一方、アメリカでは一次診療施設で診る症例・二次診療施設で診る症例がはっきり分かれています。ですので、どうしてもアメリカと比べると二次診療が発展しにくい土壌であると感じます。

ただその分、日本の一次診療の先生は非常に勉強熱心であり、そのニーズに応える形で多くの書物が出版されているという、一定レベルまでの勉強に関しては恵まれた環境ができています。アメリカでは専門医は最新情報は学術誌や学会から得ますし、そういった情報を一次診療の獣医師が必要とすることはありません。それに対して、日本では学会発表や学術論文のレベルの知見が商業誌に掲載され、しかもそれらのハイレベルな内容を読者に対してわかりやすく丁寧に書かれていると思います。この日本特有の社会構図は決して悪くはないのですが、欲を言えば、“一定レベル”では満足できない、「もっと勉強して専門家になりたい!」と考える一握りの優秀な獣医師のための公式なキャリアパスとして、アメリカのような専門医制度があればいいなと思います。現在アジアでも専門医制度が立ち上がろうとしていますが、そうなると一次診療と二次診療は自然と今よりも分かれてアメリカよりの状況になるのではないでしょうか。今のアメリカを見て思うのが、きっとこれからの一次診療の価値観は「自分でできるかどうか」よりも「診断を見極め、できる病院に適切に紹介できるかどうか」が重要視されるようになるのかなと思います。

―研究の分野ではいかがですか? 獣医学の進歩を二次診療施設にすべて振り分けるアメリカと比べると、ビハインドとなりそうですが?

細谷先生:

そのような側面があるのは事実です。ひとつの疾患をとった場合の症例数はアメリカにはかないません。ただ、これはアメリカに行って初めて認識したのですが、日本の先生方は自由な発想で研究をされており、型にはまらない、ユニークな研究が多いと感じています。「第14回 日本獣医内科学アカデミー 学術大会(JCVIM2018)」での諸先生方発表を聴講して、この思いがさらに強まりました。そして日本人の“面白い”と感じるととことんまで突き詰める気質とアジアの専門医制度が相まって、今後は世界的にもブレイクスルーする研究が出てくるのではないかと思います。

―近年、腫瘍学は国内で急速に興味がもたれ、そして発展してきた印象があります。
腫瘍専門医を取りたい(腫瘍学を学びたい)と思う若い先生方も多いと思いますが、そのような方にどんなアドバイスを送りますか?

細谷先生:

まず、よい指導医を見つけることだと思います。本だけを読んで高いレベルにいけるのは、才能に溢れていて環境にも恵まれた一部の人だけです。普通は先生の指導を受けて初めて本に書いてあることが理解できるものです。

さらに指導医の下にいる間は、その指導医の言うことを素直に聞くこと。教えてくれる相手を信用して学ばないと、吸収のスピードが遅くなります。まずは「鵜呑み」にすることから始め、「疑う」「気づく」という「消化」をするのは後でいいのかな、と思います。指導医が教科書と違うことを言ったとしても、そこには理由があるはずです。まずは一度言われた通りにやってみること。その通りやってみることで自然と間違いに気づいたり、状況によって正解が違うこともあると悟ることができます。

もちろん、指導医の言うことをずっと鵜呑みにしているだけでは、指導医を超えることはできません。きちんと受け入れた後で、論文で裏とりをしたり、自分の診療した感触(経験)で指導医から言われたことを疑ってみることも必要です。ですので、週一でもいいので大学の研修医などをしてスペシャリストの下についてみてください、というのが私の体験上からのアドバイスとはなります。本当は研修医として三年なりをしっかり使うのがベストとは思います(笑)。若い間のたかだか三年間程度なんですから。

―では、その時間をとることが難しい先生方には、どのようなアドバイスを送りますか?

細谷先生:

たしかに院長クラスになって、「自分の病院にたくさん来る症例をもっと勉強したい」という場合にはこの方法は難しいですね。その場合は…エデュワードプレスの“Veterinary Oncology”があるじゃないですか!(笑)

“細谷 謙次”を創る、書籍とは……

「明日の獣医療を創る」インタビューシリーズにて、細谷 謙次先生よりお勧めいただいた書籍をご紹介します。

細谷先生のお勧めコメント

この雑誌は商業誌でありながら教科書的な要素も大事にしています。最新の知見や専門家の詳細な解説でまとめた教科書ゾーン(No.1~12)と実症例を用いて読みやすさや面白さを重視した特集や連載記事とがバランス良くまとめられていますので、初学者から院長クラスまでのどの層にもお勧めできます。

SURGEON 128号( 2018/3月号)
眼科救急

小動物外科専門誌 隔月刊(奇数月発刊)A4判 96頁

細谷先生のお勧めコメント

腫瘍学を勉強する上で必ず必要となってくるのが外科療法ですが、これに関してはやはりSURGEONが素晴らしいと思います。正常解剖や各術式がきれいなイラストで詳細に解説されています。これは欧米の教科書とは全然違ってわかりやすいし親切ですね。英訳したら海外でも売れるんじゃないかと思うほどです。特集を再編して教科書的にまとめたPREMIUM SURGEONも重宝すると思います。

イラストでみる 犬と猫の骨・関節へのアプローチ【第4版】

著者:Donald L. Piermattei, DVM, PhD/Kenneth A. Johnson, MVSc, PhD, FACVSc
監訳:原 康
(日本獣医畜産大学獣医外科学教室 助教授)
出版:エデュワードプレス
サイズ:416頁(モノクロ)上製本

細谷先生のお勧めコメント

外科には解剖の知識が不可欠ですが、実際の術野では筋肉や骨の全体像が見えるわけではありません。解剖の教科書で予習していても、実際の視野では「ん?この筋肉はなに?」となってしまうわけです。この本は、通常の解剖のアトラスとは違って、手術の際にアプローチするステップごとの視野をイラストで解説してあります。整形外科のための教科書ですが、各アプローチの術野を理解することで腫瘍外科のアプローチの際にも役立ちます。

ForVET21シリーズ
犬と猫のX線解剖アトラス─読影のための正常画像─

著者:Arlene Coulson with Noreen Lewis
監訳:神谷新司
(日本獣医畜産大学 獣医解剖学教室助教授)
A4判変形 596頁 上製本

細谷先生のお勧めコメント

獣医師にとって、X線の読影ができるかどうかって、ものすごく大事なことです。読影ができないっていうことは目が見えないのと一緒です。そして緊急時や、クリティカルな状況ほどCTなどに頼るわけにはいかず、X線で判断するしかないのです。この本はいざというときに自信をもってX線を読めるように、普段の読影トレーニングのときにそばに置いておきたい本ですね。読影はただ沢山みても上達しませんから。

写真とイラストでみる
犬の臨床解剖

著:Julio Gil Garcia,Miguel Gimeno Dominguez,Jesus Laborda Val,Javier Nuviala
監訳:武藤顕一郎
A4判 並製本 572頁

細谷先生のお勧めコメント

神経や血管の走行がとてもわかりやすい解剖アトラスです。外科医にとっても役に立ちますが、麻酔時の局所神経ブロックのイメージをつかむのにも良い写真が沢山掲載されています。

犬の腫瘍

共著:Gregory K. Ogilvie , Antony S. Moore
監訳:桃井 康行(鹿児島大学農学部 教授)
サイズ:A4判 上製本 704頁

細谷先生のお勧めコメント

腫瘍に関わる教科書は数多く出ておりますが、どうしても分子生物学的な部分や実際に一次診療には必要のない内容が多かったりします。もちろん、二次診療でやる分には重要な内容なのですが、一次診療の先生方が診療中にさっと調べたいのであればこっちの教科書の方が分かりやすいと思います。読みやすいようにレイアウトもよく工夫してあります。

細谷先生のお勧めコメント

この本は生理学をわかりやすく(詳しすぎず)まとめた教科書です。レジデント時代に痛感したのは生理学の重要さです。臨床をしていると、説明がつけられない症状や兆候を沢山経験します。一度この本を読み込んでみると症例の体内で何が起きているのかがイメージしやすくなりました。若い先生方、おすすめです!