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人に伝える意識をもつこと、
そしてきちんと伝えきることが
非常に大切な姿勢

#10 長谷川 大輔

経歴
2003年 日本獣医畜産大学獣医学部獣医放射線学教室 助手
2007年 日本獣医生命科学大学獣医学部獣医放射線学教室 助教
2008年 日本獣医生命科学大学獣医学部獣医放射線学教室 講師
2014年 日本獣医生命科学大学臨床獣医学部門治療学分野Ⅰ 准教授
2017年 アジア獣医内科専門医協会神経病専門医 DAiCVIM (Neurology)

人生のターニングポイントとなる論文との出会い

本インタビューは、長谷川先生の研究室にて行われました。柔和な笑顔で取材班を迎え入れてくれた長谷川先生の背後では、ライムスターからパブリック・エナミー、最新からクラシックまで、縦横無尽にヒップホップが流れていました。

― ヒップホップを聞かれるんですね。

はい、昔あったテレビ番組の企画「ダンス甲子園」に影響を受けて、聞きはじめるようになりました。初めはダンスにハマり、その流れからDJに興味をもち、最終的にはプロのDJに弟子入りして腕を磨いていました(笑)。ハマリにハマって、収集した12インチレコードの数は4,000枚を超えるほどです(結婚・引っ越しを機に95%は処分してしまいましたが…涙)。一時、獣医の道かDJの道かを天秤にかけました。DJの師匠が「せっかく獣医の大学に入ったんだから、ちゃんと獣医師になりなよ」といわれて獣医になりました。

― そんな葛藤を経て、長谷川先生が脳神経外科を志したのはどういう理由からでしょうか?

学生の頃から特に興味をもっていた分野が「脳」と「心臓」です。また、誰も手を出していない分野を研究したいとも考えていたため、権威と呼ばれる先生方がすでにいらっしゃった心臓外科ではなく、専門にしている先生がほぼいない脳神経外科の道へと進むことにしました。

しかし、そう決めたのはよいものの、師事できる脳外科の専門家がいないわけです。そこで、同じ大学で椎間板の研究をしていた原 康先生の研究室へと進みました。原先生は元々整形外科が専門のため、私も整形外科班に所属する一方、面白そうな脳神経外科の海外論文をこまめにみつけてきては「翻訳したい!」と提案したり、卒業論文のテーマを「下垂体切除術」にしたりと、自分が興味のある脳神経外科の分野へと近づくための努力を続けました。

下垂体切除術については満足のいく結果を残しつつも、本来、下垂体は内分泌器官のため、その研究となると内分泌病理や分子生物学的研究になってしまい、脳外科とは少し違ってきます。大学院は神経病と画像診断を専門にされている織間博光先生の下へ進学しましたが、今後自分はどのような研究をしていけばよいのかと、模索する日々が続きました。

― その後、神経系の研究をはじめられたわけですが、そのターニングポイントはどこだったのでしょうか?

当時、旭川医科大学の脳神経外科にいらっしゃった田中達也先生と橋詰清隆先生らによる「難治性てんかんの外科治療:実験てんかんからのアプローチ」という論文との出会いです。この論文の内容は、「(MRIを使わずに)脳図譜と脳定位装置を使って猫の実験てんかんモデルをつくり、その焦点を脳外科手術で切除する」というものです。「大学にもある脳定位装置でこれだけのことができる」と知った私は目から鱗が落ちる思いでした。てんかんは、神経病で一番多くみられる脳疾患です。日獣大の付属病院にもたくさんの患者が来ているのにもかかわらず、当時は外科で治すという意識がありませんでした。つまり、誰も手がけていない脳神経外科の研究テーマがそこにあったのです。

もちろん、田中・橋詰両先生とは面識がありません。若気の至りで「ぜひ獣医学の分野でこの研究をしたいので、実験方法を教えてください」というメールを送りつけた私に、先生方は快諾のお返事をくださいました。私は、織間博光先生の承諾と援助を得て、さっそく旭川へと飛びたち、両先生にさまざまな知見を教えてもらうことができました。

このように、多くの先生方からの助力をいただいたおかげで、私はてんかんに関するさまざまな論文を発表でき、てんかんの研究をライフワークにするようになりました。

なぜ神経学は難しいのか? その克服法は?

―獣医師の先生方はよく神経学は難しい分野だとおっしゃいます。
長谷川先生が“その難解さをどう克服したのか”に興味がある先生は多いと思います。

※長谷川先生の教え子、濱本裕仁先生(日獣大)と共に撮影。

「好きだから、それしか考えていない」が、その答えかもしれません(笑)。神経系は、体の仕組みの中でいちばんシステマティックな印象を受けます。末梢神経は脊髄につながり、そして脳へと刺激が伝達されます。脳の中には脳幹・小脳・前脳があり…と階層になっているため、異常がみられた際には、どこに問題があるのかを探るための方法が確立されています。こんなに数学的な美しさがあり、きちんと決まったルールのもとで動いているシステムはないと思います。そう考えると、非常に習得しやすい分野といえるはずです。

それでも苦手意識をもつ先生が多いのは、神経学の本を開くと、いきなり解剖からはじまるからではないでしょうか。もちろん、解剖学の習得は非常に大切なことです。しかし、「ただ名前を覚える」ところから勉強がはじまるのは、ハードルが高すぎます。とくに、神経系の解剖用語は難しすぎるため、神経学の面白さがわかる前に挫折してしまうのだと思います。まずは症状を診るところからはじめて、「どうしてこの症状が起こっているのか?」を起点に考えれば、理解が進むと思います。

―長谷川先生は世界的な研究成果を発表されており、現在も継続的に論文を出されています。論文がアクセプトされる秘けつを教えてください。

実は、私は数学・理科が苦手な文系の人間です(笑)。理系の先生と比較して、物語を考える能力と物事を伝える能力が高いことがアドバンテージになっています。

研究論文では、実験結果をわかりやすく、そして興味深く他人に伝えられるかかが勝負となります。また、研究費を獲得するための研究計画書でも同様です。研究計画書を読む相手は、獣医学の専門家とは限りません。ある意味、妄想とも呼べる“未来の研究”を、獣医学に関係のない相手にうまく伝えて納得してもらう必要があります。

理系の先生は、起承転結をつけながら1つの物語を伝えることが不得手な方が多いように思います。たとえば、論文が実験ノートのようになっているケースも散見されます。極論をいってしまうと、たいしたネタでなくても着想がユニークであれば、書きようによってはいくらでも面白く興味深い物語になります。人に伝える意識をもつこと、そしてきちんと伝えきることは、研究のみならず、臨床においても非常に大切な姿勢ではないでしょうか。

“長谷川 大輔”を創る、書籍とは……

「明日の獣医療を創る」インタビューシリーズにて、長谷川 大輔先生よりお勧めいただいた書籍をご紹介します。

SA Medicine BOOKS
犬と猫の治療ガイド2015 私はこうしている

編集:辻本元,小山秀一,大草潔,兼島孝
A4判 上製本 1,160頁

ForVET21 シリーズ!
小動物臨床のための5分間コンサルト【第3版】
犬と猫の診断・治療ガイド

編:Larry P.Tilley,Francis W.K.Smith,jr
監修:長谷川篤彦
A4判 上製本 1,680頁

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

私は神経バカなので、神経疾患以外のことはほとんど知識がない。とはいえ、神経疾患に他の疾患が併発している場合(ただし軽い場合。重症あるいは難しいのは専門家に回す)には上記2冊をよく用いている。

図解 小動物神経病学

編:André Jaggy
共編:Simon R. Platt
監訳:長谷川大輔
(日本獣医生命科学大学獣医学部獣医放射線学教室)
A4版 上製本 598頁

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

ヨーロッパ獣医神経病学の雄、Dr.Andre Jaggyによる神経病学の成書。神経学的検査や画像診断、電気生理学的検査、麻酔、病理、薬理、外科といった総論とその後に末梢、脊髄、脳、問題行動といった疾患の各論がまとめられている。豊富な写真とイラストが非常にきれいで気に入っている。また脳の肉眼病理とMRIの対比や好発・遺伝性疾患リスト、薬剤リストなどの付録も充実している。初心者から玄人まで納得できる。

サンダース ベテリナリー クリニクスシリーズ
Vol.6-4 最新 小動物の脊椎・脊髄疾患
─診断・治療に必要な知識と考察─

著:Ronaldo C. da Costa 
監訳:原 康(日本獣医生命科学大学獣医外科学教授)
B5版 上製本 272頁

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

原著は2010年なので、今では若干古くなるかもしれないが、獣医神経病で多い脊椎・脊髄疾患のほとんどを網羅し、各々について詳しく解説されている。脊椎・脊髄疾患の知識を極めるには最適な一冊。

SURGEON 122号( 2017/3月号)
脳腫瘍の外科

小動物外科専門誌 隔月刊(奇数月発刊)A4判 96頁

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

正直言って、日本の獣医脳外科レベルは世界的にみても非常に高いと自負している。そんな日本の獣医脳外科を盛り上げている執筆陣による特集。脳外科に興味のある人、これから脳外科をはじめようと思っている人には最適な参考書になると思う。

小動物の神経疾患救急治療

総監訳 : 徳力 幹彦
原著 : Small Animal Neurological
Emergencies(MANSON PUBLISHING:2012)
編著 : Simon Platt /Laurent Garosi
A4判/上製/671頁/オールカラー

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

神経病の救急疾患についての書籍であるが,治療に直結する必要な知識と診断・治療がきれいな図やシェーマとともに良くまとめられていて、最近診療の傍らよく手にする本の一つ。すぐ手に取れるよう診察室やICUに置いておきたい(にしては少し厚いが)翻訳書には自身も訳者の1人として参画しており,最近特にお奨めの一冊。

Canine and Feline Epilepsy. De Risio L, Platt S eds. CABI 2014

L. de Risio (著) S. Platt (著)

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

犬猫のてんかんに関する全ての情報が網羅されている犬猫てんかん学の成書。この本が出版された後に国際獣医てんかんタスクフォース(IVETF)が設立されたので、診断基準等はそれ以前のものだが(とはいえ、De RisioもPlattもIVETFメンバーなのでそう大きくは変わらない)多くの抗てんかん薬を各々詳しく解説されており、非常に重宝している。

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

犬猫の神経病をしっかりと、しかしながら比較的簡潔にまとめられており、入門書あるいは臨床の実用書としては十分な内容。獣医神経病学会の基礎講習プログラムでの指定教科書にもなっている。

Veterinary Neuroanatomy: A Clinical Approach. Thomson C, Hahn C. Saunders Elsevier 2012

Christine E Thomson BVSc(Hons) PhD DipACVIM(Neurol) DipECVN ILTM MRCVS (著) Caroline Hahn DVM MSc PhD DipECEIM DipECVN MRCVS (著)

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

こちらも獣医神経病学会基礎講習プログラムの指定教科書。臨床神経病には機能解剖という概念が重要であるが、難解な神経解剖(神経病を苦手とする人がたいていここで断念する)を臨床に則して非常に判りやすく解説しており、入門書として最適。

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

神経解剖と神経生理をきれいな図で判りやすく解説している。著者であるDr. Uemura(アイオワ州立大)が学生に対する神経生理の授業で用いており、非常にわかりやすい。

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

臨床神経科医が神経病理を学ぶのに最適な入門書。

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

私の友人でもあり、日本でも人気の神経科医Dr. Deweyが監修している臨床神経病の成書。内容はすごく充実しているのだが、細目分けが少なく、必要なところを部分的に読もうとすると、その箇所を探すのにやや苦労する。

Handbook of Veterinary Neurology 5th ed. Lorenz MD, Coates JR, Kent M. Elsevier Saunders 2011

Michael D. Lorenz BS DVM DACVIM (著) 
Joan Coates BS DVM MS DACVIM (著)
Marc Kent DVM BA DACVIM (著)

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

既に第5版となる由緒正しき獣医臨床神経病学の成書。私が学生時代に神経病を勉強しはじめたとき(その頃は初版1983の翻訳書だった)に非常にお世話になった。現第5版も初刊からの流れをしっかりと引き継いでおり、良書とよぶにふさわしい一冊。

長谷川 大輔先生のお勧めコメント

現代の獣医神経病学はこの一冊から始まっていると言って過言ではない。獣医史上でも重要なマイルストーン。今現在行われている脳外科、脊椎・脊髄外科と殆ど変わらない技術がこの時代に既に完成していることに感嘆する。原著も翻訳書も既に絶版となっており、入手は困難であるが、神経マニアは本棚に飾っておきたい一冊。

以下は解説を省略しますが、今の長谷川大輔先生を形成している重要な書籍たちです。

【医学書】
● 脳神経外科 27(4)1999 医学書院(おそらく絶版)
● てんかんの神経機構:キンドリングによる研究.Jhun A Wada,佐藤光源,森本清編.世界保健通信社 1993.(絶版)
● Models of Seizures and Epilepsy, 2nd ed. Pitkanen A, Buckmaster PS, Galanopoulou AS, Moshe SL. Academic Press: Elsevier 2017
● 臨床てんかん学.兼本浩祐,丸栄一,小国弘量,池田昭夫,川合謙介編.医学書院2015
● てんかん専門医ガイドブック.日本てんかん学会編.診断と治療社2014
● てんかん学用語事典,改訂第2版.日本てんかん学会編.診断と治療社2017
● ねころんで読めるてんかん診療.中里信和.メディカ出版2016
● 臨床脳波学,第6版.大熊輝雄,松岡洋夫,上埜高志,齋藤秀光.医学書院2016
● デジタル臨床脳波学.末永和榮,松浦雅人.医歯薬出版2011
● 脳MRI 2.代謝・脱髄・変性・外傷・他.高橋昭喜編.秀潤社2008
● 脳MRI 3.血管障害・腫瘍・感染症・他.高橋昭喜編.秀潤社2010
● 新版 所見からせまる脳MRI.土屋一洋,青木茂樹,大場洋,下野太郎編.秀潤社2008
● 新版 これでわかる拡散MRI.青木茂樹,阿部修,増谷佳孝編.秀潤社2009

【好きな本】
● 脳の設計図.伊藤正男.中央公論社1980
● 神経系の進化と解体.John Hughlings Jackson著.秋本波留夫訳.創造出版2000
● テムキン てんかん病医史抄−誇大より現代神経学の夜明けまで.Owsei Temkin著.和田豊治訳.医学書院2001
● アルジャーノンに花束を.Daniel Keyes著.小尾芙佐訳.ハヤカワ文庫
● ブラック・ジャック(漫画) 手塚治虫
● 日本のヒップホップ 文化グローバリゼーションの〈現場〉.Ian Condory著.上野俊哉監訳.NTT出版2009