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逃げずに学び続ける過程のどこかで、
思考がポジティブに転換する瞬間が必ずやってくる。

#13 藤田 淳

経歴
2004年 北海道大学獣医学部 卒業(専攻:比較病理学)
2004年 東京大学動物医療センター 外科系診療科、研修医
2006年 高島平手塚動物病院(東京都) 勤務医
2008年 東京大学動物医療センター 外科系診療科 教務補佐員
2009年 日本小動物外科専門医レジデントプログラム参加 レジデント
2009年 東京大学動物医療センター 外科系診療科 特任助教
2013年 西原動物病院(千葉県) 副院長
2014年 公益財団法人 日本小動物医療センター 外科 執刀医

外科解剖は4次元である

― 藤田先生が外科を志した理由を教えてください。

藤田先生:

昔から野生動物に興味があり、国立公園のレンジャーのような仕事がしたいと獣医師を志しました。そしてその分野に強い北海道大学獣医学部に進学をしました。ところが入ってみて実習等に参加してみたら、自分が期待していたものとはちょっと違う。

そこで将来をどうしようかと考えて、せっかく獣医師の資格をとったのだからきちんと臨床を経験したいと東京大学の研修医になりました。

― その際に外科を選択したということですか?

藤田先生:

そうです。研修医になるとき、外科と内科の二択でしたので、外科をとりました。

というのも、私は文字を追って勉強するということが苦手で(笑)。反面、絵や形といった見えるものが好きで造形を理解したり違いを見分けたりするのは得意でした。だから、サンプルを観察する病理学が大学での専攻でもありました。外科か内科かを選ぶときに直感的に外科を選んだということです。

― 絵画がお好きであることから病理を専攻し、外科を選択したということは、面白い観点ですね。

藤田先生:

実は私が特に苦手なのは薬理です(笑)。薬理の教科書はご存じのようにカタカナが羅列しています。私にとっては、この文字列の違いを把握することが非常に難儀でした。病理学でも診断には多くの文献的な知識が要求されますが、鏡検は絵面ですので把握しやすいですね。

また絵画は二次元で表現されているものを三次元として置換して楽しみ、逆に三次元のものを二次元にて表現する性質があります。絵画が好きであることで、外科に必要とされる解剖の把握も容易となっているので、外科が性に合うと感じているのかもしれません。

― 結果、藤田先生は2017年には日本小動物外科専門医を取得されています。どのように研鑽を積まれていったのですか?

藤田先生:

二次診療施設でエキスパートに学べたという環境は大きいですが、外科は病態生理の把握や診断・予後管理の知識も大切になるので一通りの外科の教科書は読みました。また外科手技に特化した教科書も出ているので、それも読み漁りました。その研鑽のなかで手術の基礎は解剖であることを再認識し、解剖学や発生学の教科書をよく読むようになりました。

内科では、診療に行き詰った時に生理や薬理といった基礎に立ち返ります。同じように外科では、解剖に立ち返るのだと思います。外科で(患部を)開けたら、自分が知らない、何かしらの解剖上の疑問が浮かびます。それら一例一例の症例で、手術後にその疑問を反芻して解決していくステップが経験として最も重要だと思っています。



例えば、術野を見て問題がないと判断をしたところを切って出血した、ということはままあります。それが何故なのか? ということを調べ上げて積み重ねていくプロセスが要求されるということです。これが、座学だけでは完結し得ない外科の難しさであると同時に魅力でもあると思っています。

さらに、外科解剖は4次元である、と考えています。 CTの登場で、手術する前にお腹の中の様子はかなり細かくわかるようになりました。3D画像も容易に作れるようになりました。でも、開腹して臓器を少しでも動かしたら、その絶対的な位置はもうCTの2次 元、3次元画像とは違ってしまう。そのとき役に立つのは「この臓器を動かしたらこっちの臓器も動く」「この臓器をめくると下にはどんな器官がある」という相対的な位置関係の理解、つまりは時間軸を加えた4次元的な解剖把握です。この理解があれば手術中に迷うことがありません。

― 外科解剖について、藤田先生はVETERINARY ONCOLOGYで非常に興味深い連載を展開していますね。

藤田先生:

VETERINARY ONCOLOGYでは腫瘍外科に絞って症例をとりあげていますが、一般外科でも私は「外科手技」と「解剖」をつなぐ「外科解剖」を頭の中に作って手術に挑んでいます。術中に外科医が何を見ているか、そしてその時何を考え、何に注意しているのか、疾患によって解剖はどのように変位しているのかの情報共有・技術共有は有意義ではないかとの思いで執筆をしています。

またこれに関連して、体の中に臓器や血管がどう収まっているか、周囲との関連を含めて理解する「膜解剖」の概念も伝えています。腹膜は臓器を背中から吊りさげ、その位置や可動域を決めています。この膜解剖の概念を、例えば若手の時期から意識し、避妊手術などで開腹した際に自分で臓器を動かして観察することを繰り返すだけでも、外科の上達が早くなるのかな、と思います。いわゆる外科の名医たちは、なぜか教科書にはあまり書いてくれませんが、こうしたことをすでに知っていて実践しているからこそうまく手術ができるのかなと思います。

ネガティブ思考から脱却するには

― 若手の先生方へのメッセージをいただきましたが、他にもあればお願いします。

藤田先生:

臨床2~3年目は知らないことばかりの時期で、失敗の連続でネガティブ思考に陥ることがあるかもしれません。しかし、私がそうしてきたように逃げずに学び続けていただきたいと思います。置かれた状況でただ愚痴を言っているようではネガティブ思考から脱却はできないと思います。閉塞感を感じるならば、海外や二次診療病院で研修をするなど環境を変えてもがき続けてほしいと思います。

私は獣医師になって10年以上になりますが、今でも術式を決めるとき、切皮するときは怖いと感じます。でも、専門医の資格を取れたことがひとつの転換点となり、思考がポジティブに変わりました。いまはそれを励みに恐怖を振り払っています。思考をポジティブに変えるには、ひたすら勉強してトレーニングを積むしかありません。患者に向き合ってもわからないことだらけだったのが、だんだん「わからない」が減っていく。その過程のどこかで、思考がポジティブに転換する瞬間が必ずやってきます。そしてそれが生き甲斐となるのではないでしょうか。

“藤田 淳”を創る、書籍とは……

「明日の獣医療を創る」インタビューシリーズにて、藤田 淳先生よりお勧めいただいた書籍をご紹介します。

藤田 淳先生お勧めコメント

研修医時代、英語を読む気力が無いときに、よく眺めたことを思い出す。最近は論文、教科書主体に知識を得ているが、高度化・多様化する外科治療、とくに国内でのトレンドを確認するためにも、調べるテーマに合った号にはなるべく目を通すようにしている。

藤田 淳先生お勧めコメント

国内の専門家が結集して、毎号、興味深い情報を提供してくれる。とくに編集委員会が編集している「腫瘍診療ガイド」は多くの文献を吟味し、クリニカル・クエスチョンごとに推奨事項をまとめて、さらに課題と展望を付記している。実際の臨床現場で参考となり、今後の臨床研究の材料としても有用である。

小動物外科疾患のメカニズム―疾患に最適な手術をするために―【第3版】

総監訳 : 原 康
原著: Mechanisms of Disease in
Small Animal Surgery 3rd Edition
編者: M. J. Bojrab, DVM, MS, PhD, ACVS
A4判 並製本 1000頁

藤田 淳先生お勧めコメント

外科疾患に特化した病態学書は少ないが、その中で版を重ねたスタンダード書である。原書はCurrent Techniques in Small Animal Surgeryの姉妹書として病態生理を補完する目的で書かれた教科書である。内外科問わずアメリカのスペシャリストが多数執筆している。原書を英語で読むことはいささか労力のいることであるため、なかなかお勧めできないが、この翻訳版は外科を行うすべての獣医師にお勧めしたい。

ForVET21シリーズ!
小動物外科の合併症 ─その診断,管理,予防─

編者:Alan J. Lipowitz 他
監訳:多川政弘
A4判 上製本(箱入り) 595頁

藤田 淳先生お勧めコメント

手術に際して、獣医師・飼い主ともに最も気になるのが合併症である。本書は、手術ごとに合併症とその予防法、治療法が丁寧に記載されている。経験の浅い獣医師が術前対策や術後管理を理論的に考える上で非常に参考になる。とくに個々の手術についてだけでなく、総論的な記載も充実しており、発刊から比較的経過しているが、経験の少ない若手には参考になることが多い。これを読んでインフォームを行う際に確認すると、話し忘れることがなくなるだろう。

AO法による犬と猫の骨折治療

編者:Ann L Johnson,John EF Houlton,Rico Vannini
監訳:泉澤康晴
A4判オールカラー 442頁

藤田 淳先生お勧めコメント

整形外科の総論であり、整形外科を行う者は必ず熟読すべきである。総論を知ることによって骨折の治療計画(各論)を自ら組み立てていくことができるようになる。各論だけの知識の弱さを知らされた本である。AO主催のAO principles courseは、この1冊全体を4日間かけて解説し実習を行う。

Veterinary Surgery: Small Animal, 2nd

Johnson S, Tobias K, Elsevier, 2017

藤田 淳先生お勧めコメント

現在のトレンドも含めた外科の教科書である。専門医試験の勉強もこれを基本とした。外科の手技には昔から変わらないこと、すでに周知の事実になっていることがある。こうした技術については割愛される傾向にあるため、あくまで最新版を知った上での話だが、過去の教科書も積極的に参照することをお勧めする。

藤田 淳先生お勧めコメント

この本の斬新なイラストと分かりやすさに感銘を受ける。腹腔内手術における腹膜の扱い方、ヒトと犬猫の腹腔内の類似・相違点を知ることができ、腹腔内の解剖をさらに突き詰めるきっかけをくれた本である。現在のVETERINARY ONCOLOGY連載の目標である。

Miller’s anatomy of the dog, 4th

Evans HE, A deLahunta, Elsevier, 2013

藤田 淳先生お勧めコメント

言わずと知れた犬の解剖学の基本であり、外科を行う者は必携である。日本語版は絶版であるが、英語版では改訂版が販売されている。近年、犬の解剖学に関する論文が複数公開されており、より詳細な解剖書が生まれることも期待しているが、原点となるこの書の価値は変わらないだろう。

Text-Atlas of cat anatomy

James E. Crouch, Lea and Febiger, 1969

藤田 淳先生お勧めコメント

近年の猫の解剖学書は、洋書、和書ともに簡易的なものが多く、この古書に勝るものはない。日本語版は絶版である。こうした解剖の名著は再版していただきたいがマニアックすぎるだろうか。近年、ダイジェスト版なのか同名の洋書が売られているが、オリジナルとは似て非なるものである。

藤田 淳先生お勧めコメント

犬の解剖を断面で示した良書である。CTやMRI画像との照合、細かな血管解剖のチェックなど、他の解剖学書と並べて、頻繁に参照している。本書は写真とイラストを組み合わせているため、非常に理解しやすい。また、皮膚、浅筋膜、骨格筋を体表から徐々に剥がすように記載されており、体表の層構造を理解するにも適当である。

武士道

新渡戸 稲造著/矢内原忠雄訳, 岩波文庫 青118-1, 1938

藤田 淳先生お勧めコメント

大学在学中にふと武士道とは何か知りたいと思い、たまたま手にした本である。日本の道徳観念について、グローバルな比較とともに丁寧に書かれており、現代においても色あせない文章は一読する価値がある。今や私の座右の書であり、その一節は座右の銘である。” Knowledge becomes really such only when it's assimilated in the mind of the learner and shows in his character.(知識はこれを学ぶ者の心に同化せられその品性に表れるときにおいてのみ真に知識となる)”。原文を読もうと英語版を購入したものの理系の私には難解すぎて通読できないが、この翻訳版(岩波文庫)は文語調でありながら、流れるように美しく読みやすい。本書全体から著者、訳者の教養の高さを感じ、これが品性に表れるということかと脱帽した。これを体現することが人生の目標の一つであるが、偉大な先人がこの言葉に込めた真意には当分近づけそうにない。