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『安易に人にものを尋ねるな、まずは自分で考えろ』
物事の本質をつかむ思考のトレーニングが大事

#03 中村 健介

2005年 北海道大学 獣医学部卒業
2005年 酪農学園大学附属動物病院 内科研修医
2007年 北海道大学大学院 獣医学研究科 博士課程入学
2011年 北海道大学大学院 博士研究員
(日本学術振興会特別研究員PD)
2011年 北海道大学大学院 獣医学研究科 附属動物病院 助教
2017年 宮崎大学 テニュアトラック推進機構(獣医内科学分野)
テニュアトラック 准教授
※肩書きなどは、インタビュー実施当時(2017年9月)のものです。

エコーをちゃんとやればCTが要らないケースが山ほどある

-中村先生がエコーの画像診断という分野でキャリアを積むようになられたきっかけは何だったのでしょうか?

中村先生:

私が北海道大学の獣医学部に在籍していた学生の頃、当時講師でいらっしゃった滝口満喜先生(現北海道大学獣医内科学教室教授)の影響に他なりません。私自身は滝口先生の講座に所属していなかったんですが、個々の症例について深く考え、楽しく診療をしようという先生のスタイルが好きで、また、滝口先生が見せてくださるエコーの画像を単純に面白いと感じて、先生の診療によく顔を出していました。当時、北大では許可さえもらえば学生が放課後、自由に機器を使ってエコーの練習をすることができました。ですから私も、実習犬を使って週に1~2回は同級生とエコーの練習をしていましたね。

当時CTが広まりつつある時代でしたが、私は学生ながらにCTは設備や検査費用が高すぎるし、動物にも飼い主さんにも負担を強いる、限られた人や動物にしか役に立つ事ができない検査だと思っていました。逆に、世の中の役に立つのはCTよりも絶対にエコーだ、という確信があったんです。ちゃんとエコーをすれば、無駄なコストをかけずに診断できるようになる病気がたくさんありますから。

-とはいえ、エコーの画像診断は難しいと、多くの獣医師が口を揃えて言いますよね。

中村先生:

自己流でやっていても、自分が見ている画像が何かわかるようにはなるのは難しい事だと思います。大切なのは正解を知ることの出来る環境だと思います。まず、正しくエコーの画像を見られる人が身近にいること。私もうまくできないときは滝口先生のやり方を見て参考にしました。もうひとつは、エコーの後でCT検査なり開腹手術なりをして、自分の所見が正しかったのか「答え合わせ」ができること。このふたつが揃う環境にいれば、新卒の研修医でも1~2年で驚くほど上達します。

もっとも、こうした環境は大学病院もしくは専門施設にでも勤務していないとなかなか手に入りません。年1~2回セミナーや実習に行くだけで画像診断ができるようになるのは至難の業です。

とは言いつつも、これは滝口先生からの教えでもありますが、大学人である限りは教育・研究・臨床の三本柱のいずれも欠けさせてもならず、それは卒後教育も同様だと考えています。従って、時間的な制限がありながらも、かつ向上心のある臨床獣医師の要望に私たち大学人は応える責務があると思っています。

例えば5時間のセミナー実習があるとします。この5時間で腹部全てのエコーをマスターしていただくのは現実的ではないので、「少なくとも幽門だけは出せるようにしましょう」等、“普段見えていない臓器を出せるような”ワンポイントを伝えるよう心がけております。そしてこのコツの応用が、他臓器描出につながる場合があると思います。

それでも実習を受講された先生方から「実習では良い機器を使って、モデル犬のような良い犬だから描出できるのだろう?」とよく指摘されます。「ウチの機器では無理なのだろう」と。でも、そんなことは無いのです。ただ、これを証明するには私がその先生方の病院に行き、設置してある機器を使い、その病院の症例を検査して綺麗に描出するしかないのでしょうが、現実には難しいでしょうねぇ(笑)

しかし北海道にいた頃は、ある動物病院に近隣の先生方が集まり、その病院の機器・症例で検査実習を行ったことがありますので、ニーズさえあれば九州でも同様なことは可能だろうとも思います。とは言え、本当は大学に研修医や研究生としておいでいただくことがスキルアップを図る上では最も有効であると考えてはいますが、宮崎には研修医が少なく募集要項を出してもなかなか反響が無い、少し寂しい毎日を過ごしております。

とにかくみなさんにエコーの経験を積んでいただくこと、そしてトレーニングを継続できる環境をどう提供できるのか、日々試行錯誤している、そんな状況です。

現実的には、私は一般臨床獣医師全員が高いレベルで画像診断ができるようになる必要はないと思っています。「エコーでここまでできるんだ」という知識だけは知っていただく必要はありますが、実際の検査は「近隣のエコーが得意な先生にお願いをする」という形でも良いのではないか、と思います。
その「近隣のエコーが得意な先生」というのを、願わくば私たちの下で画像診断を学んだ学生や研修医たちが担い、彼らがたくさん世に出ていくことによって、徐々に全体のレベルも上がっていく。これが理想的な形だと思っています。

-では、今現状に対応しようとする臨床獣医師にアドバイスはありますか?
特に難しいと感じているのは正常像と異常像の見分け方と思いますが。

中村先生:

これはもう、正常像をどれだけたくさん見てきたかにかかってくると思います。正常像が完全にインプットされていれば、異常があったときに違和感を感じ、病気の発見につながります。さらに言うと、「正常」には幅がある。この犬とあの犬の正常像は違う、つまりバリエーションがあります。だから多くの動物の正常像を経験しなくてはならないですね。成書など活用することももちろんですが、やはり体験しなければ習得しがたいものですので、エコーを行う時は常にルーチンで一通りの臓器を診ておく、というように検査の機会を増やすことが重要だと考えています。例えば、血尿が出た犬が来院したときは膀胱だけを検査しがちですが、一緒にその他の臓器も診ておくと、それらの正常像の経験値が積めます。もしくは避妊や去勢で来院される動物に格安、でなくても良いですが、「術前検査の一環としてエコー検査もしておきますね」と言って、検査させてもらうことも有効だと思います。飼い主さんにはむしろ感謝されるのではないでしょうか?先生方は練習も出来るし、飼い主さんも喜ぶ。まさに一石二鳥だと思います。

発展の鍵は、学会活動と論文投稿

―お話を伺っていると、画像診断の分野は研究でも臨床でもさらなるボトムアップが図ることができそうですね?

中村先生:

ポイントは二点あると思っています。学会活動と論文投稿の活性化です。

学会には一般演題、教育講演、シンポジウム、など様々な発表の場が存在しますが、現状では一般演題とその他とに分けられており、一般の先生方が一般演題以外の場で発表する機会がほとんどないのが現状だと思います。教育講演もシンポジウムも、既に名の通った先生方が指名され、持ち回りで発表する、これが現状だと思います。しかし、本来シンポジウムと教育講演は異なる性質を持つべきものであり、シンポジウムは皆に開かれた場であるべきだと考えています。スピーカーは一方的な指名では無く、公に募り、セレクションされた上で登壇できる。そんな、若い先生方が目指す登竜門となってほしいと強く願っています。若手の先生が数名登壇して「今、自分はこんな症例をみています、こんな研究をしています」と発表し、白熱した議論が展開され、「荒れてきたな」と思いきや経験豊かな座長がうまくまとめていく。そんな場を学会が提供できれば、「ここに出たい」という目標にもなり、研究者でも臨床獣医師でも日々のモチベーションアップにつながるのではないかと思っています。

それから論文投稿、これはもちろん症例報告でも構わないですが、大事なことは、文章を書き、書いたものを査読・校閲され、その結果ぶつけられるきつい質問に立ち向かい、この相手を納得させるためにはどういうものが不足していたのかを再考する、というプロセスを体験することにあります。学会主導でも出版社主導でもいい、英語でなく日本語でいい、学術論文をもっと気軽に投稿できる環境が作れないか、模索しているところです。

物事の本質をつかむ思考のトレーニングが大事

-最後に、若い先生方にアドバイスすることはありますか

中村先生:

「安易に人にものを尋ねるな、まずは自分で考えろ」ということですね。これは、聞くことを否定しているのではなく、思考のプロセスが大事ということです。
「こんな症例があるんですが、先生どう思います?」という人は、その症例と奇跡的に全く同じ症状で、全く同じ検査所見の症例しか救えないんじゃないかと思います。「僕はこう思うんですが、先生はどう思いますか?」と思考した結果の質問をする人は応用が利き、後の似たような症例たちを幅広く救うことができる、そう感じています。

答えを勉強するのではなく、答えにたどり着くためのプロセスを学んでほしい。自分で文献を調べるときも、ただ教科書や雑誌に書いてある表面的なことを覚えるのではなく、一歩踏み込んで参考文献をあたり、その裏付けをとる。こうして、物事の本質をつかむ思考のトレーニングが大事だと考えています。

また、学生の方には『1つ人より秀でたものを持ちなさい』と伝えたいです。今の教育環境の中で、卒後すぐに即戦力として動物病院で活躍する事はなかなか難しい事だと思いますが、例えば、エコーというのは正常例での経験が大きな意味をもつ検査であり、学生時代からでも多くの経験を持つことができ、場合によっては勤め先の院長先生よりも初日から上手にできる、なんてことも不可能ではありません。

人よりも秀でたものを持つことで、人の見る目は大きく変わります。その結果、その他の事もうまく回るようになるかもしれません。

もちろんエコーで無くても良いのですが、知識や考え方だけでなく、あわせてスキルも身につけるという事も心がけて学生生活を過ごして欲しいと思っています。

“中村健介”を創る、書籍とは……

「明日の獣医療を創る」インタビューシリーズにて、中村健介先生よりお勧めいただいた書籍をご紹介します。

スモールアニマル・インターナルメディスン【第4版】
-日本語版-上下巻セット

総監修:Richard W. Nelson,C. Guillermo Couto
監訳:長谷川篤彦(東京大学名誉教授)
辻本 元(東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授)
【上巻】A4変形判 上製本 第1章~第48章 824頁
【下巻】A4変形判 上製本 第49章~第104章 856頁

中村健介先生のお勧めコメント

第3版を学部5年生の時に購入した思い出深いシリーズ。 EttingerのText Book of Veterinary Internal Medicineよりもページも内容も薄いが、その分内科全般がコンパクトにまとめられており、1冊は持っていたいシリーズ。

犬と猫の超音波診断学 【第2版】

著者:Thomas G. Nyland (DVM),John S. Mattoon (DVM) 
監訳:廣瀬昶・小山秀一
A4判 約460頁 カラー18頁

中村健介先生のお勧めコメント

同じく学部5年生の時に購入した思い出深い本。もう古くなってしまったので図の画質は最近の教科書に及ばないが学術的な記載については非常に細かく、多くの参考文献が記載されているので学会発表などの準備のために重宝する。
2015年に改訂された新版の訳本が出版されれば、より皆さんの身近になると思われるが、果たして。

獣医臨床 超音波診断 ~心エコー検査による循環器疾患の理解~

著:June A. Boon, MS(Echocardiographer at Colorado State University, Fort Collins, CO.)
監訳:田中 綾(東京農工大学農学部獣医学科獣医外科研究室准教授)
A4判 上製本 620頁

中村健介先生のお勧めコメント

犬と猫の超音波診断同様、学術的記載が多く、特に巻末に記載されている表には様々な検査法の基準値に関する情報が溢れており、大変重宝する。
ここに日本人の先生が行われた研究の結果が掲載されているのを見ると誇らしく思うと同時に、自分もいつかここに掲載されるような仕事をしなければいけないと決意を新たにさせられる。

猫の心臓病

著:Etienne Cote, Kristin A. MacDonald, Kathryn M. Meurs, Meg M. Sleeper
訳:堀 泰智 A4版 上製本 496頁

中村健介先生のお勧めコメント

翻訳者として参加させていただいた縁で手に入れる事が出来た一冊。
猫の心臓病だけでここまでのボリュームが書けるのか、と思うほど多くの情報が網羅されている。今回紹介する中で唯一原著を持っていないこともあり、実際によくお世話になっている。日本語としても統一感があるため読みやすい一冊であり、監訳者のご苦労が透けてみえる。

小動物臨床のための5分間コンサルト【第3版】 犬と猫の診断・治療ガイド

編:Larry P.Tilley,Francis W.K.Smith,jr
監修:長谷川篤彦
A4判/上製本/1680頁

中村健介先生のお勧めコメント

学部生時代に研究室に所蔵されていたシリーズ(恐らく当時は他社の出版)。 勉強の取っ掛かりとしては非常に重宝した思い出がある。コンパクトにエッセンスが詰め込まれており、時間が無い臨床家にとって、診察中に治療法などを確認する上でも非常に有用であろう。

ベテリナリー・アナトミー ―犬と猫の解剖カラーアトラス

スタンリ・H.ドーン (著)
ピーター・チャールズ・グッディ (著)
浅利 昌男 (監訳)

中村健介先生のお勧めコメント

画像を生業とする上で解剖の知識は欠かすことができないが、本書は特に様々な断面像が多数掲載されている点が特徴で、他にはない一冊。
プローブの当て方を人に説明する場合にも大変重宝する。