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データを重んじ、Evidenceを創る側になりたい。

#16伊丹 貴晴

経歴
2006年3月
酪農学園大学 獣医学部 獣医学科 卒業
2006~2009年
北札幌どうぶつ病院(札幌市)勤務医
2009~2013年
酪農学園大学 獣医学部 獣医学研究科
博士課程(獣医麻酔学)、博士(獣医学)取得
2013~2018年
北海道大学 大学院 獣医学研究院 特任助教
附属動物医療センター(麻酔・集中治療科を担当)
2018年~
酪農学園大学 獣医学群 獣医学類 嘱託助手
附属動物医療センター(麻酔・集中治療科を担当)

麻酔がもつ魅力

― 伊丹先生にとっての麻酔学、麻酔科の魅力を教えてください。

伊丹先生:

動物に麻酔をかけると、教科書に書いてあることと同じ反応が返ってきます。つまり、麻酔学は突き詰めたデータ通りの結果が返ってくる学問で、これが面白いんだと思います。師事した山下和人先生(酪農学園大学)はデータを重んじる診療体勢をつくられていて、それにならって私も1症例1症例のさまざまなデータをまとめ、統計学的に解析し、ケースごとのベストな麻酔方法を探っています。経験や感覚に頼るのではなく、データに裏付けられたEvidence Based Medicineが実践できる、そこが麻酔学の魅力です。

また、今後の獣医療の考え方にもなる「集学的個別化診療」が、率先して行えることも魅力の一つではないかと思います。例えば、心臓病のある患者に不妊・去勢手術を行う場合、使ってはいけない麻酔薬というものがあります。単にこの麻酔薬を「除外して手術をすればよい」というだけではなく、その他の麻酔薬を心臓病の患者にも適用し記録を続けることで、統計学的にベターな薬の選択が可能になる、ということです。これを一つ一つ積み重ねていき、A薬は血管収縮作用が出る、B薬は徐脈作用が出る、C薬はこれらの作用がないので、「この症例にはこういう理由でC薬を使うのがベストですよ」と判断できるようになります。また、新しい薬剤が出るたびに組み合わせは変わっていきます。一概に「心臓病の犬にはこの薬」で済ませるのではなく、集学化された知識を個別の疾患に合わせる形で臨床に積極的にアウトプットできるのが今の麻酔学です。Evidence Based Medicineを実践できる知識と技術は重要ですが、今の立場ではEvidence(=科学論文)を創ることが何よりの目標です。

もう一つ、麻酔科は治療のベクトルが他の診療科と異なることも興味深いところだと思います。外科治療や内科治療は生命活動を高めるために行います。でも、麻酔科は生命活動を止める方向にベクトルが向かい、死に近い状態にもっていきながらギリギリのところで生命を維持する。違う目的の複数の薬剤を組み合わせたり、モニタリングする能力が問われたりと、他の診療科では味わえない醍醐味があるのが麻酔科ではないでしょうか。

― 2015年における世界獣医麻酔会議の日本開催、また麻酔ブートキャンプの活況をみると、麻酔への興味が獣医師の間で高まっていることが伺えます。獣医麻酔を巡る最近の状況、またトピックがあれば教えてください。

伊丹先生:

近年、麻酔学では「マルチモーダル鎮痛」という考え方が主流になっています。これは「複数の麻酔薬を効率よく織り混ぜて使う」という方法です。1つの薬剤を大量に使うと、吐き気や徐脈などの副作用が目立つようになります。でも、同じ鎮痛効果が得られるように2つ以上の薬剤を混ぜれば、それぞれの投与量を抑えることができるため、副作用も和らげることができるという考え方です。マルチモーダル鎮痛は大学でも教え始めていますし、獣医師の国家試験にも出題されました。今は一昔前の乱暴な麻酔管理は少なくなっている印象がありますが、それでも経験則に頼る傾向はまだ根強く感じています。是非、自身の経験則と比べてもらって、より良い方法だと思われたら積極的に採用してほしいと期待しています。

トピックと言えば、局所麻酔への回帰ですね。フェンタニルやモルヒネといった麻酔薬は全身に作用してしまいますので、どうしても悪心が出たり、鎮静が深くなりすぎるといった副作用が出てきます。局所麻酔薬は、患部もしくはその支配領域に投与することで知覚神経を遮断することができます。さらに、モルヒネなどが「鎮痛薬」であるのに対し、局所麻酔薬は「無痛薬」であることもメリットとなるでしょう。



今まで局所麻酔があまり使用されなかったのは、手術の際に使用できない部位がたくさんあったからです。でも、今は超音波やCT、MRIなどの画像診断機器の発展、さらには3Dプリンターなどを使用することにより、神経の走行が細かくわかるようになりました。おかげで体のいたるところの神経が遮断できるようになったことが大きいです。

局所麻酔を使いこなすには解剖学の知識が必要ですし、セミナーやウェットラボなどに参加して基本的な技術を学ぶ必要はありますが、無痛なので手術した動物もすぐにご飯が食べられる、飼い主さんにも術後すぐに面会してもらえる、そして飼い主さんからも非常に喜ばれるのが最大のメリットかもしれません(笑)。

治療を補完する知識とは?

― 最後に、麻酔を勉強したい先生方にアドバイスがありましたらお願いいたします。

伊丹先生:

麻酔学の基礎になるのが、生理学、薬理学、そして局所麻酔を行うなら解剖学の知識です。獣医師となってから「これらの教科書を開いたことがあったかな」と自問していただきたいです。というのも、「Small Animal Surgery」や「Small Animal InternalMedicine」などの書籍を読むと、なんとなく治療ができてしまうものの、部分的には補完できない何かがあることに気付きます。それが生理学や薬理学、犬と猫の違いだったりします。ですから私は、生理学や薬理学の教科書を1年に1回は必ず読み直します。麻酔学とは、点だった知識が線になり、面になっていくうちに深まる学問です。ぜひ、麻酔学の本を読む前に、いや併行してもよいので、生理学、薬理学、解剖学の教科書を読み直して学んでほしいです。

それから、コミュニケーションも大切です。獣医師になって数年は、知識は増やしたいが勉強する時間がない、勉強していると自分の時間がまったくない、という状況に陥ります。そういうときは、気軽になんでも相談できる仲間や先輩をたくさんつくって、わからないことはどんどん聞き、情報を集めるのが成長の早道です。もちろん聞いてばかりいると自分で考えなくなるので、自分で考えてから聞く、というのが大前提ですけどね。人に聞くというのは、コミュニケーション能力が必要になります。いろいろな形で人とコミュニケーションを取れる能力を磨き、聞いてわかることは聞いて済ませ、わからないことは徹底的に本で調べる。そうやって、1日30分でもよいので、その日の診療でわからなかったことを解決する時間をもつことが必要ではないでしょうか。



― ちなみに、犬・猫以外に麻酔をかけた動物はいますか?

伊丹先生:

日常的には、牛、馬、ヤギ、豚、ウサギ等々です。今朝も牛に麻酔を行っていました。生体のメカニズムの違いで、動物種によって同じ麻酔薬が効きやすい/効きにくいといったこともありますし、動物種の重さによって呼吸管理を変えていくなどの面白さが味わえるのは酪農学園大学ならではですね。

珍しいところだと、アルパカ、ダイアナモンキー、マンドリル、ツキノワグマにも麻酔を行ったことがあります。もちろん(麻酔中の)血圧や血液ガス分析、その他諸々のデータも記録しましたし、おそらくツキノワグマでこれらのデータは日本では初かもしれないですね。あ、でも珍しさは山下先生の方が上かも。「キリンにかけたことがある」と言ってました(笑)。

“伊丹 貴晴”を創る、書籍とは……

「明日の獣医療を創る」インタビューシリーズにて、伊丹 貴晴先生よりお勧めいただいた書籍をご紹介します。

CLINIC NOTE No. 151号 (2018年2月号)
臨床麻酔のベストプラクティス:後編

獣医学の“標準診療”を学ぶ総合情報誌
月刊 A4判 128頁

伊丹 貴晴先生お勧めコメント

全身麻酔中の呼吸循環モニタリングがまとまっています。私も執筆と監修に参加させていただいておりますが、私が一次診療施設で働いていた際の疑問点など、教科書には書かれていない点が解説してあります。

獣医臨床
麻酔オペレーション・ハンドブック 【第5版】

著:William W. Muir Ⅲ, John A. E. Hubblell,
Richard M. Bednarski ほか
監訳:山下和人・久代-バンカー季子
B6判変形 並製本 708頁

伊丹 貴晴先生お勧めコメント

私が麻酔科医を目指し始めた原点の教科書です。箇条書きとなっており要点がまとまっています。ハンドブックサイズですので持ち運びしやすいのも便利です。恩師である山下和人先生の監訳であり第3版からすべてもっています(笑)。

獣医臨床
超音波診断 -心エコー検査による循環器疾患の理解-

著:June A. Boon, MS
監訳:田中 綾
A4判 上製本 620頁

伊丹 貴晴先生お勧めコメント

循環器疾患の状態把握と集中治療管理時の循環血液量評価の勉強に使っています。心エコーを中心にまとめられておりますので、循環器疾患の細部も理解できることもグッドです。

ForVET21シリーズ!
鑑別診断のために小動物臨床指針

原著者:Mark S. Thompson
総監訳:長谷川篤彦
監修:尾形庭子、西藤公司、長谷川大輔、藤井洋子
187mm×110mm 並製本 328頁

伊丹 貴晴先生お勧めコメント

麻酔をかける前の血液検査の異常値や、臨床徴候から鑑別診断リストを作成するために使用しています。少し古い書籍ですが、コンパクトサイズなので近くに置いておくと重宝します。

Veterinary Anesthesia and Analgesia : The Fifth Edition of Lumb and Jones
(WILEY BLACKWELL)

伊丹 貴晴先生お勧めコメント

いわゆる獣医麻酔学のスタンダードな教科書です。生理学や薬理学、麻酔回路のしくみなどの細かい点までしっかり記載されておりますし、海外の麻酔専門医を目指す方は必読の教科書です。

Small animal Regional Anesthesia and Analgesia
(WILEY BLACKWELL)

伊丹 貴晴先生お勧めコメント

国内にはまだない局所麻酔だけをまとめた教科書です。日々、手術内容により局所麻酔薬を投与できる経路がないかを本書で模索しています。

Small Animal Critical Care Medicine, 2nd Edition
(Elsevier)

伊丹 貴晴先生お勧めコメント

いわゆる獣医集中治療学のスタンダードな教科書です。電解質異常などの内科から各種ドレナージなどの外科まで幅広く記載されております。海外の救急集中治療医を目指す方は必読の教科書です。

Feline Anesthesia and Pain Management
(WILEY BLACKWELL)

伊丹 貴晴先生お勧めコメント

近年、猫の飼育頭数が増加してきていますが、猫専門の麻酔学の教科書です。猫は小さな犬ではない、とよく言われますが、その理由が生理学や薬理学的な観点から記載されています。

統計学が最強の学問である
(ダイヤモンド社)

伊丹 貴晴先生お勧めコメント

標準偏差や95%信頼区間などの難しい用語までを日常的に起きることを例えに読みやすく書かれており、統計嫌いな方も“読み物”として楽しめると思います。