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自分の専門分野しかわからない、
そんな獣医師は「面白くない」

#02 宮川 優一

日本獣医畜産大学獣医学部獣医学科卒業
2010年
日本獣医生命科学大学大学院で
犬および猫の慢性腎臓病の早期診断の研究で博士号を取得
2011年
日本獣医生命科学大学に着任
同時に付属動物医療センター腎臓科を担当
犬および猫の腎臓病・泌尿器疾患、体液・酸塩基平衡を中心に診療、研究を行っている
※肩書きなどは、インタビュー実施当時(2017年8月)のものです。

心臓病治療にきちんと腎臓の状態を評価したい

-獣医師を志された理由を教えてください。

宮川先生:

子どもの頃に飼っていた猫が、尿道閉塞から急性腎不全になって死んだことがきっかけです。

そのとき、最初に行った動物病院では原因がわからず、「もうダメだ」と突き放されました。二番目の病院では原因はわかったけれど、猫の容態が悪くなると病院から連絡が来て「お宅の猫がもう死にそうだけど会いにはこないでくれ」と言われたんです。

実際、猫はそのまま死んだのですが、両親は愛猫の死に目に会えなかったことをずっと後悔していました。私も正直「獣医なんてこんなものか」と思いましたね。ろくなもんじゃないな、と。だから高校くらいまでは獣医師になるつもりはさらさらなく、海洋生物学に興味があったんです。ですが、やはり就職を考えたらそちらの道は難しく、とはいえ動物に関わる仕事には就きたかったので、資格が取れる獣医師を選ぶことになりました。


-日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)獣医学部に入学され、その後腎臓の研究に打ち込まれたのはなぜですか?

宮川先生:

もともと臨床がやりたかったのと、先輩から「臨床の基礎は内科だぞ」と聞いたからです。そして4年生になったときに竹村直行先生のゼミに入り、そこで“ガイトン生理学”をテキストとして循環器を勉強するうちに“腎臓は面白い”と思うようになったんです。

やがて竹村先生が、腎臓病の第一人者であった宮本賢治先生(熊本・エンゼル動物病院院長)から腎臓の機能検査の方法を伺い「うちの大学でも実施したい」と言い出し始めたんです―というのも、心臓病の動物は腎臓の合併症をもっており治療しにくいケースが多いので、治療の前にきちんと腎臓の状態を評価したいと考えたのだと思います。

当時大学4年生だった私ともうひとりの学生に、A4の紙一枚分しかない簡単なプロトコルを渡して「これができるように詳細な手順を研究しておいて」と言うんですよ。かなりむちゃな要求でしたが(笑)しかし、竹村先生が半年かかると踏んでいた手順を私たちは1カ月で完成させることができました。

このプロトコルは大学病院でも活用できるようになったのですが、詳細を理解しているのは私たちだけ。竹村先生からは授業中でも呼び出しがかかり「(研修医に指示を出して)検査をやって」と。こんな学生生活を通して、腎臓の研究に傾倒していくことになりました。また、当時は腎臓の専門医が年長の先生ばかりで、同世代とかやや上の世代にあまりいなかった―色々な腎臓の研究を次の世代に引き継いでいきたいとも考えたのかもしれませんね。

臨床ができて研究もリードできないと、教育はできない

―なるほど。そして研究者の立場で腎臓研究を研鑽していった、と。

宮川先生:

いえ、私が一番面白いと思っているのは、研究や臨床よりも学生を教育することです。臨床ができて、研究もリードできる先生でないと、学生には「面白い」と思ってもらえませんし、ついてきてもくれません。尊敬されない人間に教育はできないと思います。尊敬できる先生の元にいるからこそ、学生は一生懸命勉強しようという気になるのだと思います。

私は、せっかく専門的な大学に入ってきたのだから、学生には何かひとつでも「あ、これ面白い」と思えるものに出会ってほしいと考えています。でも、先生が面白くないと面白いものには出会えない。私も竹村先生からは、獣医師としての信念や診療スタイルなどをたくさん学ばせてもらいました。

―たとえば、どのような信念を学ばれましたか?

宮川先生:

今でもよく覚えているのは、竹村先生のこの言葉です。「飼い主に寄り添った診療をしろとよく言われているが、じゃあ誰が動物に寄り添った診療をしてくれるんですか?」。

飼い主の気持ちに寄り添うことは確かに大切ですが、飼い主が考えていることが常に正しいとは限らない。だから、飼い主ではなく動物に寄り添った診療をしなければいけないと先生から教わりました。そのときから私は、獣医師の仕事は、動物そして飼い主をもっとも幸せにする方法を考えていくことだと思っています。

だから研究の場であっても、動物にも飼い主にもメリットのないことはやる意味がないと考えています。動物の命がかかっているからこそ胸を張っていられる研究をやるべきと思います。私は学生にもよく言います。「そういう勉強の仕方で、研究発表のやり方で、きみは動物に恥ずかしくないですか?」と。

―研究者の立場として質問します。宮川先生は腎臓の研究をどのように究めたいと思っていますか

宮川先生:

一番やりたいことは、猫の腎臓病がなぜ発生するかをはっきりさせたいことです。

ヒト医療でもそうですが、色々な発生している病気をひとまとめにして慢性腎臓病と呼んでいますよね。猫でも犬でも、複合的に腎臓の中で発生している原因ひとつひとつを認識していることは、ほとんど無い。原因は何なのか? 腎臓が悪くなって、腎臓の機能が落ちて、老廃物が溜まった状況を腎臓病と捉えている。

腎臓病が起こる理由は色々あるのに、腎臓病だから薬はコレ、フードはコレ、と短絡的単一的に治療が行われていることに違和感をもっています。

その理由のひとつひとつに私たち研究者が注目することで、発症する理由の予防にも繋がっていきます。例えば飼い主に生活環境の改善を促すとか。正統的な獣医師の腎臓研究とはまた違うところに行こうとしているかもしれませんが(笑)。

内科はいちばん面白くていちばんしい分野

-最後に、若手の獣医師たちにメッセージをお願いします

宮川先生:

今日本には優秀な外科の獣医師はたくさんいらっしゃいます。反面、内科は?と考えると、必ずしもそうではないのでは。そして、外科であれなんであれ、内科を知らないと獣医療はできないと思います。

加えて内科の基礎は生理学です。だから生理学と内科学は、常に先生方には勉強してほしいと思っています。

内科は正解のない分野です。こうしたらこうなる、という絶対的な正解がない。だから自分の知識と経験、ひらめき、動物の反応などから治療方法を変えたり調整したりしなければいけない。腎臓が悪いとしても、ほかの臓器の問題も全部考えた上で治療方針を決めないといけない。いちばん面白くていちばん難しい分野と思います。

いろいろな角度からものをみて、最適解を導く獣医師になる―そのためには、生理学の教科書をはじめ、いろいろな本を読んで知識を豊富にしなければなりませんね。自分の専門分野しかわからない、そんな獣医師は「面白くない」と思います(笑)。

“宮川優一”を創る、書籍とは……

「明日の獣医療を創る」インタビューシリーズにて、宮川優一先生よりお勧めいただいた雑誌・書籍をご紹介します。

小動物臨床のための5分間コンサルト【第3版】 犬と猫の診断・治療ガイド

編:Larry P.Tilley,Francis W.K.Smith,jr
監修:長谷川篤彦
A4判/上製本/1680頁

宮川先生のお勧めコメント

疾患名だけでなく、主症状から検索することができ、様々な疾患を勉強するのに学生時代にはずいぶんお世話になった。とりあえず知りたいと思うことは網羅してあった。

Teton最新獣医臨床シリーズ イラストレイテッド 獣医代謝・内分泌学

著: Larry R Engelking, PhD(Department of Biomedical Sciences,
Cummings School of eterinary Medicine, Tufts University)
監訳: 米澤智洋
(東京大学大学院 農学生命科学研究科 獣医臨床病理学研究室)
A4版/並製本/206頁

宮川先生のお勧めコメント

こういうイラストが全面に書かれている教科書は読みやすく、理解しやすい。
特に内分泌は作用が様々であるため、幅広いシステムを理解するのに役立つ。

SA Medicine  No.103  一目でわかる症候シリーズVol.9 多飲多尿

宮川先生のお勧めコメント

自分で執筆しておいて、こんなことは言ってはいけないが、残念ながら腎臓病は一目ではわからない。勉強するきっかけになり、わからないことに気づけるのであれば幸いである。

CLINIC NOTE No.144 どうする!? 疾患のコントロール Part2

宮川先生のお勧めコメント

教科書通りにいく症例など数えるほどしかいないだろう。それでも基本がきちんとしていなければ応用はできない。そう思って執筆した。

Guyton and Hall Textbook of Medical Physiology

John E. Hall PhD (著)

宮川先生のお勧めコメント

循環器と腎臓病を勉強する人には必須の教科書である。
これを知らずして、心臓と腎臓を語るなかれ。

Brenner and Rector's The Kidney

Karl Skorecki MD FRCP(C) FASN (著)
Glenn M. Chertow MD (著)
Philip A. Marsden MD (著)
Maarten W. Taal MBChB MMed MD FCP(SA) FRCP (著)
Alan S. L. Yu MD (著)

宮川先生のお勧めコメント

腎臓の生理および病態生理学を詳細に記載した腎臓医学の教科書。腎臓病を研究する者には必須。

Textbook of Veterinary Internal Medicine

Stephen J. Ettinger DVM DACVIM (著)
Edward C. Feldman DVM DACVIM (著)
Etienne Cote DVM DACVIM(Cardiology and Small Animal Internal Medicine) (著)

宮川先生のお勧めコメント

言わずと知れた獣医内科学のバイブル。だまって読むべし。

Fluid, Electrolyte, and Acid-Base Disorders in Small Animal Practice

Stephen P. DiBartola DVM DACVIM (著)

宮川先生のお勧めコメント

輸液を詳細に解説した教科書は医学分野でも少ない。輸液を勉強するに最適である。